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「こんにちわ撲滅委員会」撲滅委員会

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2005年 11月 28日

ネットワークとしての言語

★「複雑な世界、単純な法則」 マーク・ブキャナン著
いわゆるスモール・ワールド・ネットワークに関する本だ。
スモール・ワールド・ネットワーク関係の本としては他に、
・スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法 ダンカン・ワッツ著
・新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く アルバート・ラズロ・バラバシ著
などがある。これらは、実際にスモール・ワールド・ネットワークを研究する科学者が書いたもので、前者はブキャナンが「平等主義的ネットワーク」と読んでいるネットワークの発見者で、後者は「貴族主義的ネットワーク」と呼んでいるものの発見者による著作である。ジャーナリストであるブキャナンは、この「複雑な世界、単純な法則」のなかで、バランスよく両者を紹介し、この分野で現在進行中の研究成果の見通しをよくしてくれる。
と、ここまでは書評的な話で、ここからが本題。
この本を読んで思ったのだが、ネットワーク理論は、言語の研究にも大きな寄与をする可能性があるんじゃないだろうか。
ひとつ例をあげたいのが、スモール・ワールド・ネットワークで起こる雪崩(カスケード)と呼ばれる現象だ。これは、ひょっとしたら測定することすら不可能なほど小さなゆらぎから起こる急激で大規模な変動のことで、ある種の構造をもつネットワーク内部で、入力と出力が比例しないいわゆる非線形のフィードバック回路が活性化することによって起こりえる現象だ。
注目すべきは、もし言語が同じスモール・ワールド・ネットワークであり、内部的に雪崩現象を起こしやすい構造を持っているとするならば、社会的な変化や文化的な波にさらされているといったような大きな原因はなくても、突然何の前触れもなく大きな変化が言語にも起こりえる。それこそ、言語自体に意思でもあるかのように「自発的に」振舞うことがありうることを予言する。ネットワーク理論は、そのような今まで説明不能とされてきた不思議な現象に適切な説明を与えてくれるかもしれない。
次に、言語がスモール・ワールド・ネットワークであり、雪崩現象を起こす可能性があるということを前提にして、言語の分岐の年代を測定するという問題を考えてみよう。物理学では、炭素14などのように、時間が経過するごとに崩壊する同位体元素の割合を調べることによって、時間の測定を行う。生物学では、遺伝子の変化する割合によって時間の測定を行う。いずれにしても時計として使用しているのは、ランダムに一定の割合で変化する定量化可能な性質である。
今述べたように言語の歴史には、大きな変化が起こっている「非平衡時代」と呼ばれるべき時代と、比較的変化の少ない「平衡時代」があり、ランダムに一定の割合で変化しないものなのかもしれない。この変化の速度の急激な変動は、古生物学の世界では、スティーブン・J・グールド氏によって「ワンダフル・ライフ」という本で紹介され注目された「カンブリア紀の爆発」が思い出されるが、それと同じようなことが言語の世界でも起こりえるのかもしれない。さて、もしそうだとすると、言語の変化の割合と調べて言語の分岐年代を割り出すという手法は、やっかいな問題を抱え込んでしまうことになる。なぜなら、そうなったら時計の針に相当する言語の変化が時間に比例しなくなるからだ。ある瞬間に突然、針の進み方が速くなったり、突然針の進み方が遅くなったりする時計を使いたいと思うだろうか?進み方が一定でない時計を信用することはできない。その危険を避けるためには、言語の分岐年代を測定するための特徴の抽出を極めて慎重に行わなければならないだろう。条件としては、ネットワーク的には他の要素とのつながりが薄く、トポロジー的にいうと離れ小島になっており、それゆえに淘汰圧の大きな変化にさらされることがなく、さらには測定する時間スパンに都合のいい頻度で、ある程度ランダムに変化がおきている、そんな特徴を抽出しなければならない。これは随分ハードルの高い条件のように思われる。もしかしたら、そんな都合のいい特徴を抽出することは不可能なのかもしれない。結局は「分岐してから1000年以上経った言語の分岐年代を測定することは不可能である」といったようなつまらない結論が導き出されるのかもしれない。
いずれにせよ、そのような特徴を抽出することが可能かどうかを知るためににも、まずは言語のネットワーク的な構造を明らかにする必要がある。
最後にひとこと。
複雑系の研究者は、もっと言語にも興味を持って欲しいと思う。生物学とか経済学に行く人は多いんだけど、なぜだか言語のほうに行く人は少ない。ちょっとこれは残念なことだと思う。この本のなかでも言語のネットワーク的構造については、その貴族主義的側面について少し触れられている程度だ。複雑系の研究者にとって言語研究の世界には、大きい未開拓な領域が横たわっているように思うのだが。

by torafuzuku | 2005-11-28 17:33 | 役に立つ文献とリンク


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