2006年 11月 30日

広島カープス撲滅委員会

ヒューマンリーグ。馬鹿気た名前だ。なんだってこんな無意味な名前をつけるのだろう?昔の人間はバンドにもっとまともな節度のある名前をつけたものだ。インペリアルズ、シュプリームズ、フラミンゴズ、ファルコンズ、インプレッションズ、ドアーズ、フォア・シーズンズ、ビーチボーイズ。』
村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」より

広島に根拠地を置くプロ野球チーム「広島カープ」は、発足当初は「広島カープス」といったそうだ。発足した直後に、広島大学の先生などが「英語のCarpは単数と複数が同形なので、カープスはおかしい。カープにすべきだ」と主張して、今の「広島カープ」という名前になったそうだ。その広島大学の先生たちは、いわば「広島カープス撲滅委員会」というわけだ。この話は随分古い話だし、公式ページにも載ってなかったので、詳細は異なるかもしれないが、大筋ではこのような話で間違いないだろう。「広島カープス撲滅委員会」の「間違った英語を広めると教育上よくない」とか「米国人にこんなチーム名が知られたらはずかちーですよー」とかいう声が聞こえてきそうだ。とにもかくにも、最終的には「広島カープス撲滅委員会」の運動のおかげで、広島のプロ野球のチーム名が、正しい名前「広島カープ」に修正されました。めでたし、めでたし。
ところがこれで話は終わらない。
というのも、チーム名は普通名詞とは違うから、普通名詞の規則をそのまま当てはめる必要はないという説もあるからだ。例として、カナダにはトロント・メイプルリーフス(Toronto Maple Leafs)という名前のホッケーチームがある。これ、普通名詞の複数形だとメイプルリーヴス(Maple Leaves)になるはずなんだけど、なぜかメイプルリーフスになっている。なぜかというと、このチーム名はメイプルリーフのマークの付いたユニフォームを着ていることにより、一人一人が「メイプルリーフ」とあだ名される男たちの集団という意味で命名されたのであり、ホッケーチームはトロントの公園にあるカエデの葉っぱとは違うので、「メイプルリーフ」スというチーム名にした、というわけである。
このように「何々とあだなされる人たちの集団」という形の命名規約を「古典的チーム命名ルール」と呼ぶことにする(註1)。
ところで、米国のバスケットボールのチームには、ミネソタ・ティンバーウルブズというチームがある。先ほどの説明だと、チーム名は狼を表す一般名詞ではないのだから、ティンバーウルフスでなければならないという話になる。しかし、実際にはティンバーウルヴズだ。なんでこの二つのチーム名で命名の規則が違うのかよくわからない。ただ、チームの構成員を葉っぱそのものに見立てるのは無理があるけど、狼に見立てるのはそれほど違和感はない、ということかもしれない。じゃあ、どのへんにその線引きをするのかというと、これはもう名づけた人の考え方一つとしかいいようがない。
それでは広島カープのケースはどう考えればいいんだろう。
ヒントになるのが米国のMLBの例で、フロリダにはマーリンズというチームがある。マーリンというのはカジキの一種で、カジキというのは言うまでもなく魚類の一種であるから、「広島カープス撲滅委員会」の言い分を当てはめると、フロリダ・マーリンズはフロリダ・マーリンでなければならない。これは、先ほどのチーム名と普通名詞を区別するという話に加えて、魚だからといって単純に単複数同形といっていいのかどうか、という話とからんでくる。
実際にcarpという単語をいくつかの辞書で引いてみると、複数形のところにcarpsもありえるということになっている。carpとcarpsをどのように使い分けているのかというのは辞書を引いただけではよくわからなかった。又聞きした話だと、観賞用のコイのように一匹一匹が個性があって区別できる場合はcarpsというのだそうだ。残念だけどこの説の裏付けはとれなかった。しかし、もしその説が正しいとすると、野球のチーム名としてはcarpsのほうが、その使われ方を考えれば適切に思われる。つまり、山本浩二と衣笠の区別ができないとか、正田と高橋慶彦の区別ができないとか、外木場と北別府の区別ができないというのでもないかぎり、「広島カープ」というチーム名にする必要はない。いくら個別の選手を鯉に見立てたとしても、選手を鯉と全く同一視するのは、やはり無理があるんじゃないだろうか(註2)。というわけで「広島カープス撲滅委員会」の主張と異なり、古典的な命名ルールに従えば「広島カープス」のほうがより適切なチーム名のように思われる。
ところが、これで話は終わらない。
これまでは、「古典的チーム命名ルール」に限定して話してきたが、それを逸脱する場合も今では多いからだ。
実際にNBAにはsが付かないチーム名が他にもたくさんある。たとえば、マイアミ・ヒートとか、オーランド・マジックとかだ。これらは、「古典的チーム命名ルール」を逸脱した「前衛的チーム名」といえるだろう。この場合、すでにチームの構成員をチーム名の単数形で呼ぶことは不可能になってくる。チーム全体が「ヒート」であり、チームが「マジック」を演出するという意味なのだろう(註3)。
そう考えると「広島カープ」というチーム名は、「古典的チーム名」としては、そのルールを逸脱している名前であるが、「前衛的チーム名」と考えると、チーム名がつけられた当時としては非常に画期的なチーム名であるといえる。チームそのものが歌川国芳の武者絵に出てくるような巨大な一匹の大きな鯉をあらわしていると言われれば、なるほどそうかもしれないと思えてくる。
というわけで、私は「広島カープ」という名前はそのまま変える必要はないと考えています。もう「広島カープ」で定着してますし、言葉は話し手の意図が重要で、規則はあとから来るものだと思ってますから。

註1  古典的チーム命名ルールでは、チームの構成員は、チーム名の単数形で呼ぶことが可能になる。たとえばタイガースの若手選手をyoung tigerと呼ぶことが可能になる。ここで疑問なのはボストン・レッドソックスの例だ。果たして、レッドソックス(ホワイトソックスも同じ)の個別の選手はどのように呼ばれるべきなのか。松坂大輔は redsox from Japan と呼ばれるべきなのか?それともredsock from Japanと呼ばれるべきなのか?

註2  どちらかというと、広島カープの選手は、猿やらくだなどの他の動物に見立てた方がいいという意見を言ったドラゴンズファンの友人がいたが、私はそうは思わない。

註3  リーグ別に調べたところ、MLBのような古いリーグでは、すべてが「古典的チーム命名ルール」に従っており、NFL、NBAの順番で、「前衛的チーム名」が増えてくる。これは、リーグ自体が保守的かリベラルかの指標を示しているようで面白い。
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by torafuzuku | 2006-11-30 20:58 | ××撲滅委員会


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